子どもの頃、もらったお金を全部自分のものだと思ったことは、あまりなかった。
小遣いをもらう。
お年玉をもらう。
そのうちの一部は献金する。
だいたい10分の1だった。
1000円なら100円。
1万円なら1000円。
今なら簡単な計算だと思う。
でも当時の僕にとっては、計算というよりルールだった。
お金が入ったら、その一部を献金する。
そういうものだと思っていた。
毎週、献金をしていた
日曜日に教会学校へ行くと、献金をしていた。
小学生の頃からだったと思う。
どこまで毎回きっちり10分の1だったのか、細かいところまでは覚えていない。
ただ、収入の10分の1を献金するという考え方は、かなり早い頃から教えられていた。
僕にとっての「収入」は、大人の給料ではない。
小遣いだった。
お年玉だった。
子どもが自分で使える数少ないお金だ。
そこから献金する。
それを疑問に思った記憶は、最初の頃にはほとんどない。
親から言われれば、そうするものだと思っていた。
お年玉をもらっても、全部は使えない
子どもにとって、お年玉はかなり大きい。
普段の小遣いとは違って、一度にまとまった金額をもらえる。
何を買おうか考える。
ゲームが欲しい。
漫画が欲しい。
友達と遊びに行くときに使いたい。
そんなふうに考える前に、まず10分の1を分ける。
今振り返ると、妙な感覚だと思う。
自分で働いたわけではないとはいえ、親戚などから自分に渡されたお金だ。
それでも、最初から全部を自由に使えるわけではなかった。
もちろん当時の僕は、
「なぜ子どものお年玉から宗教にお金を出さなければいけないんだ」
なんて理屈を組み立ててはいない。
決まりだから出す。
それだけだった。
小さい頃の宗教は、そういうものが多かった。
理由を考えて参加していたわけではない。
先にルールがあって、その中で生活していた。
お金を出すことと、信じること
献金という言葉だけを見れば、信仰を持つ人が自分の意思でお金を出す行為に見える。
少なくとも今の僕は、そういうイメージを持つ。
自分が大切だと思うものに、自分で決めてお金を出す。
それなら特に不思議ではない。
でも子どもの頃の僕に、その「自分で決める」という感覚がどこまであったのかは分からない。
そもそも宗教自体を、自分で選んだわけではなかった。
教会へ行く。
祈る。
献金する。
全部が同じ生活の中に入っていた。
だから、献金だけを切り離して、
「これは自分が信仰しているから出すお金だ」
と考えたことはなかった。
信じているから払うというより、払うことまで含めて宗教の中で生活していた。
僕にとっては、そちらの方が近い。
高校生になって、自分でお金を稼いだ
その感覚が変わったのは、高校生になってからだった。
アルバイトを始めた。
初めて、自分で働いてお金をもらうようになった。
決められた時間に働く。
その対価として給料が入る。
小遣いやお年玉とは違った。
自分で稼いだお金だ、という感覚が強かった。
そこにも、10分の1を献金するという話が入ってきた。
それは嫌だった。
それまで小遣いやお年玉から献金していたときとは、感覚がまったく違った。
自分が働いて稼いだお金まで、なぜ出さなければいけないのか。
そこで初めて、はっきり抵抗した。
バイト代までは渡さなかった
小さい頃なら、親から言われた通りにしていたと思う。
でも高校生の僕は、もうそのまま従わなかった。
バイト代から献金することには抵抗した。
そして、そのお金は守った。
今考えれば、ごく当たり前のことをしただけなのかもしれない。
自分で働いたお金を、自分が納得していないものには出さない。
それだけだ。
でも僕にとっては、小さい頃から続いていたルールに逆らうことでもあった。
献金しないことで地獄に落ちる、と直接そのとき言われたかどうかは覚えていない。
ただ、宗教に従わないこと自体に抵抗がなくなってきていた。
以前なら怖かったものが、少しずつ怖くなくなっていた。
同じ10分の1でも、意味が変わった
小学生の頃も、高校生の頃も、数字だけを見れば10分の1だった。
でも僕の中では、まったく違う。
子どもの頃は、
「出すものだから出す」
だった。
高校生になると、
「これは自分のお金だから出したくない」
になった。
宗教の教えが急に変わったわけではない。
変わったのは僕の方だった。
自分で学校の外へ出るようになった。
部活を理由に教会学校へ行かなくなった。
行ったふりをしてサボるようにもなった。
アルバイトをして、自分でお金を稼ぐようになった。
少しずつ、親と宗教の外側に自分の生活ができ始めていた。
その生活の中で手に入れたものまで、当然のように宗教へ差し出すことはできなかった。
初めて自分で稼いだお金は、僕にとってただのバイト代ではなかったのかもしれない。
「これは自分のものだ」と言えるものが、ようやくできた。
だから、その10分の1だけは渡したくなかった。